ピープル
圧倒的なパフォーマンスのために、前工程と後工程を融合して挑むRapidus
半導体製造は前工程と後工程に分かれる。前工程でシリコンウェーハ上に回路を形成し、後工程でチップをパッケージングして装置に組み込む。しかし、一般的なファウンドリ(※1)が前工程のみを担うのに対して、Rapidusは前工程と後工程までを一気通貫で担う。前工程と後工程の融合はどれほど大変なのか、融合の先にはどれほどのパフォーマンスが期待できるのか。専務執行役員 エンジニアリングセンター長の折井靖光が見据える未来の技術を聞いた。
満を持してのエンジニアリングセンター設立
――Rapidusは世界でも類を見ない前工程と後工程の融合に挑んでいます。最も困難な課題は何で、どのように克服しようとしているのでしょうか。
これまで半導体の性能アップにおいては前工程の技術が先行していましたが、今後は後工程の技術も組み合わせないと求められる性能に追いつけません。克服のためには両者の壁を取り払い、前工程と後工程の強みを活かしてイノベーションを起こしていく必要があります。
前工程と後工程は、同じ半導体製造の工程ですが言葉も文化も違います。半導体の学会「IEEE」(※2)においても、前工程はEDS(Electron Devices Society)、後工程はEPS(Electronics Packaging Society)と分かれており交流はほぼありません。
しかし、今後はGAA(Gate-All-Around)(※3)という前工程の技術と、チップレット(※4)という後工程の技術を融合させてパフォーマンスを高める必要があります。そこでRapidusではシリコン技術本部(前工程)と3Dアッセンブリ本部(後工程)を融合させた「エンジニアリングセンター」を2025年4月1日に発足させました。社長をはじめトップの人たちが前工程と後工程を何とか融合しようという気持ちがあるというのがすごく大事で、まさに経営陣が覚悟を決めた組織再編です。
エンジニアリングセンター長に就任してまず、組織の壁を取り払うことに着手しました。 最初は言葉の壁をなくすため、前工程と後工程の交流を促す目的で前工程の人は後工程について、後工程の人は前工程についてお互いに教えあいながら勉強してもらうようにしています。 次は文化の壁です。それぞれのいいところを取り入れて社外交流も含めてコミュニケーションを重ねていますね。 これができれば将来Rapidusにとって絶対大きな強みになると思うので、徹底的にここをやっていきたいですし、前工程と後工程と一緒になるからこそできる新しいイノベーションが出てくると思っています。
過去の経験が導く「後工程革命」
――折井専務はIBMで今日のチップレット技術につながるご経験をされてきました。後工程がゲームチェンジの鍵となる今、どのように活かされるのでしょうか。
IBM時代に経験した複数のチップを繋げる技術およびチップの冷却対策の考え方が、まさに現在の開発に活きています。当時の半導体は現在と形式が異なりますが、求められていることの本質は同じでした。40年余りを経て冷却技術の重要性が見直され、「後工程がコンピュータの性能を決める時代」が再びやってきたと考えています。
私がIBMに入社したのは1986年で、当時IBMは銀行のメインシステムなどに使われるメインフレーム(※5)を開発していました。当時はバイポーラチップの集積化が進んでおらず、121個のバイポーラトランジスタ(※6)をセラミック基板にパッケージングする必要がありました。今でいうチップレットのお化けみたいなものです。
この半導体はとても発熱したため、冷却水によって冷却する技術が当時から用いられていたのです。半導体は熱を帯びると性能を発揮できないため、後工程(パッケージング)がコンピュータの性能を決めていました。
その後CMOS(※7)という形式になり、121個ものトランジスタは一つのチップになりました。そうなると今度は価格競争に切り替わっていきました。CMOSも一つのチップでできなくなり、いつか複数のチップを繋げる技術及び冷却性能が求められる時代が来るとRapidusが設立される前から考えていました。
つまりまた絶対、コンピュータの性能を上げるために後工程の力が必要となると思っていましたが、まさしく今です。
Rapidusでこれをやれるということで、IBMで非常にいい経験をしたのかなというふうに思います。
ただ、2nmのチップの性能を後工程で引き出していく上で難しい点があります。 例えば、有機基板はチップ(シリコン)より熱膨張係数(※8)が大きいため伸びやすいです。消費電力低減とスピード向上のため、チップの多層配線にはLow-k材(※9)を使用しますが、機械的強度が低いため有機基板が伸びると熱応力によって割れることがあります。
壊れないようにしてあげる、優しく、チップをパッケージ側で守ってあげる、というのはパッケージングの大きな使命のひとつですので、両方の特性をよく知るという意味で前工程・後工程を同じ会社でやるということがとても大事で、そこも前後融合という意味では非常に重要なところと思っています。
600mm角のガラスパネルを世界で初めて実証開発
――チップレットのパイロットライン立ち上げを2026年春に予定しています。現在、現場はどのような状況なのでしょうか。
現在、後工程のパイロットラインを立ち上げるべく準備を進めているところです。その中には、世界初の実証開発に挑む技術があります。
前工程のパイロットラインはすでに北海道千歳市にあるIIMに構築されています。一方、後工程のパイロットラインはIIMの隣にあるセイコーエプソン様の事業所内に2026年4月に立ち上げる計画です。
ここで、AIアプリ向けに、600mm角のガラスパネルを世界で初めて実証開発します。業界の標準サイズは直径300mmか、515mm
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500mmですが、Rapidusでは8レティクル(81mm角)のインターポーザを想定して、600x600mmにチャレンジします。直径300mmのウェーハから8レティクルのシリコンインターポーザは4個しか取れませんが、600mm角のパネルなら約49個取れます。
このパネルレベルパッケージ関連の装置の導入は完了しました。そのほかにシリコンインターポーザ、フリップチップのBGA、ハイブリッドボンディング関連の装置を入れ、最終的には300台近い装置を搬入設置することになります。
――今後、どのようなマイルストーンで開発が進むのでしょうか。
パイロットラインを立ち上げた後に品質確認を進めてお客様から承認を得るためのフェーズに入ります。これは量産のために必要不可欠で「魂のロット」と同様に大きなマイルストーンです。
はじめに必要なのがレシピの作成です。使う材料や最適な装置のパラメータを決める必要があります。そして、2種類のクオリフィケーション(品質確認)を行います。
一つ目がTechnology Qualificationです。これはテスト用のチップをパッケージングして抵抗値を測る信頼性テストで、高温と低温を数百サイクル繰り返して品質を確認します。
二つ目がProduct Qualificationです。これは実際のお客様のチップをパッケージングして同様にテストを行うもので、お客様の承認を得て量産体制に移ります。
Product Qualification 合格も「魂のロット」と同じように、Rapidusにとっては大きなマイルストーンとなります。
組織文化の構築のために - 「時間は未来から流れる」
――組織長として意思決定をする上で、どのようなことを重要視していますか。
技術ロードマップの観点において、私は「未来を見据えて今すべきこと」を判断することを信条としています。時には孤軍奮闘のようなこともありますが、やがて時代が追いついてくると信じて諦めずに取り組んできました。
Rapidusの事業は、経済産業省所管の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から採択を受けています。公募時に8レティクルのインターポーザを提案したのはRapidusだけでした。ロジックもメモリもやがて大型化すると考えての判断でした。
実際、1年ほどすると8レティクルが業界の標準的な考えとなり、より大きな9.5レティクルの必要性も議論されるほどです。絶対に来る未来を想定した意思決定は、まさに「時間は未来から流れる」考え方によるものです。
この考え方を、今後も意思決定をするうえで大切にしていきたいと思っています。
――今後、理想とする組織の実現のために、エンジニアに期待することを教えてください。
エンジニアに期待するのは、異なる分野の理解、未来を考える思考、人間らしさの追求、の三つです。
異なる分野の理解に関しては、イノベーションを起こすには既存の知見の積み上げだけでなく、柔軟な発想が必要であることを認識してもらいたいと思います。Rapidusにはポテンシャルと志が高い「尖った人材」が集まっていますが、さらに高いポテンシャルを発揮してもらうためには、自分の技術だけではなくて、違った分野と繋がることが重要で、そのきっかけをマネジメントが提供することが大事です。前工程の人であれば後工程、後工程の人であれば前工程のことをいろいろ勉強するというのがまず1つですが、できるだけ違う分野、遠い業界の人たちとつながり、いろいろ交流してほしいですね。専門外の知識から得たアイデアこそが柔軟な発想や重要な課題解決につながると思っています。
未来を考える思考に関しては、5年〜10年後の世界を想像し議論することが必要です。例えば自動運転では自動車がカメラやセンサで道路やその周囲の情報を集めます。今とは比べ物ならないビッグデータが生成されることになり、レストランの込み具合などリアルタイムにドライバーに提供され、また、交通渋滞を予測したルート設定や信号機のタイミング制御など、社会を豊かにする技術も実装されているはずです。そう考えるとおのずと半導体に求められる性能が分かり、これまでとは違うレベルまで性能を引き上げなければならないと実感せざるを得ません。加えて、我々がどれほどのスピードで技術開発を進めないといけないか分かります。
そして、人間らしさの追求です。我々は本当の意味での人間らしさをもっと磨くべきであると思います。我々は今、いろいろな仕事をしていますけれども、ロボットやAIにやってもらえる仕事がもっと増えると思うので、そこはAIに任せて、本当はもっと家族との時間を大切にしたり、もっとエンターテイメントに時間を費やしたりと人間らしい時間を過ごしてほしいですね。また、リモートじゃなく人の目を見ながらコミュニケーションをしたり、いろいろなことを話したり、相手側の気持ちになって考えてあげたりとか、例えばそんなことを考えていかないといけないと思います。
――折井さんが思い描くRapidusのゴールについて教えてください。
Rapidusは装置メーカーや材料メーカーのことをサプライヤーではなく「パートナー」と呼びます。当然のことですが、事業をともに推進するサプライヤーはRapidusと対等な関係であると認識していることによります。他のファウンドリやOSAT(※10)とも競合しません。レガシーな半導体(※11)を他のファウンドリから入手し、我々の2nmの半導体を組み合わせてパッケージをしたり、また、FCBGAやTESTをOSATペアウトソーシングすることも想定しています。技術開発においてもドイツのフラウンホーファーやベルギーのimecと連携しています。
Rapidusは皆さんと同じ目線に立ち一緒になって、もっともっと新しいことにチャレンジできる世界ができるのではないかなと期待していますし、多分、日本のそういう企業のみなさんも同様に期待していると思っています。
そのような状態を、私は最近「無敵艦隊」といっています。ここでいう「無敵」とは、相手を打ち負かすことではなく、敵を作らない、ということです。他の半導体メーカーだけでなく、装置メーカーや材料メーカーなど世界中のプレーヤーが活躍する半導体市場において対等な関係を築き、世界共通の課題である「AIと共生する社会」の実現に寄与していきます。そして、この無敵艦隊の考え方で、敵を作らずパートナーと共に量産に突き進んでいきます。
社会の人々をいかに半導体で幸せにするかというのがRapidusの経営理念であるので、半導体を作ることが我々の目的ではなく、あくまでも皆さんを幸せにするということです。そういう意味ではAIを使うことによってものすごく便利な社会になってきているので、やはりそれを促進していく。
半導体が、世界中の人々を幸せにする未来が私には見えています。
- ※1)ファウンドリ:前工程を担う受託製造メーカー。通常、後工程は担わないが、Rapidusは後工程も一気通貫で担う。
- ※2)IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers):米国電気電子技術者協会。半導体を含む電気・電子技術とその関連技術を専門領域とする世界最大の組織。
- ※3)GAA(Gate-All-Around):チャネル部分をナノシートやナノワイヤ状に形成し、ゲート電極が全周囲からチャネルを取り囲む3次元構造のトランジスタ。
- ※4)チップレット:一つのパッケージ内で複数の機能の異なる半導体を組み合わせて大規模なシステムを構築する技術のこと。
- ※5)メインフレーム:銀行や病院、大手企業の基幹システムなどを稼働させるための大型コンピュータ。
- ※6)バイポーラトランジスタ:正孔と電子の両方で動作する初期のトランジスタ。電流増幅とスイッチング作用を持ち、二つの電極を使うことから「バイポーラ」と呼ばれる。
- ※7)CMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor):相補型金属酸化膜半導体と呼ばれる、p型半導体とn型半導体を組み合わせた半導体。高集積度、低消費電力、高速性、信頼性が特長。
- ※8)熱膨張係数(CTE:Coefficient of Thermal Expansion):温度変化に対する寸法の変化(伸び)の割合。この数値が大きいほど高温で伸びやすい。
- ※9)Low-k材:誘電率を下げて記線間容量を減らし、高速・低消費力化を実現する絶縁材料。
- ※10)OSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test):後工程のみを担う受託製造メーカー。
- ※11)レガシーな半導体:成熟した製造技術で作られる半導体。
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